
こうして私は、大分の九州大会の後、フレアバーテンディングとしての選手となった。
フレアとは、バーテンダーのスポーツと言われており、駆け出しのスポーツ選手としては、29歳という遅咲きのスポーツ選手となったのである。
フレアの練習はひたすら反復練習を繰り返し、100回やってみて数回出来る技を何万回も繰り返し90%近くできる技に仕上げていくという、気の遠くなる練習方法だ。
なかなか出来ない技は、もう一度、基本の技に立ち戻り、その基本の技の精度を深める。
そのため、動体視力、反射神経、運動神経と、いろいろな要素が必要で、若い選手のほうが有利に働きやすい。
私は時期、30代にさしかかろうとしていた。
フレアの選手としては、あまり時間が許されていなかった。
とにかく、何も考えずに練習にまい進するしかなかった。
この間の九州大会で、半年後に同じ大分で小さな大会があると聞いたので、その大会での入賞を目指すことにした。
毎日、12時ころに起床して、目が覚めるまでフレアの教則ビデオや有名選手の技を目に焼き付け、公園にいって5時ごろまで練習していた。
雨が降った時は、基本練習やフレアのビデオ鑑賞をするという生活を送っていた。
テレビも見ない、ネットもしない。
まさに浮世離れした生活で、お店のお客さんに最近の事などを教えてもらうというそんな生活を毎日送っていた。
その時の私は、鹿児島で誰も共感してくれる仲間もいなく本当に孤独だった。
がしかし、クラさんとの「鹿児島一のバーテンダーになる!!」という約束だけが、その頃の私を支えてくれた。

夕べ、一人の常連さんが旅から帰ってきて報告に来てくれた。
彼は毎年夏に登山を楽しみに、日本アルプスが集まる長野に旅をしているお客さんだ。
彼は32歳、見た目は20代前半と若く、実際の年齢を聞くと「ええっ」と思うほどだ。
彼はオタクで、偏った会話ばかりするので、万人となかなか打ち解けにくい少し変わった子だ。
しかし、彼は常に人の事を考え人の為に役に立つ事を喜びと感じる心優しい人間である。
確かに少し変わった人だと、最初の認識は誰もが受けると思うが、付き合ってみると誰にも危害を与えないし、人に対して彼は常に真っ直ぐに付き合う素晴らしい人だ。
その彼が最初に長野に行くキッカケとなったのは、大好きなアニメの舞台が長野県だった、それが毎年夏に長野に行くキッカケとなったらしい。
今年で4回目になる長野の旅は、いつも決まって泊まる民宿は山のふもとにある、過疎化が進んだ小さな町らしい。
4回目となると近所の住民数人と顔見知りになっていて、バスの運転手さんさえ、「毎年来てる子だよね?」
と声をかけてくるらしい。
そう嬉しそうに話をする彼は、信州のそばの美味しい話やふきのとうの味噌漬けの美味しさなどの土産話を私に教えてくれた。
長野の旅の前には、決まって泊まるその民宿に、沢山の鹿児島の焼酎を送って、お世話になった人たちにあげたり、登山中は出会った数十のほこらに感謝と無事下山できるようにと祈願をし、焼酎をおそなえしに行くそうだ。
彼のその行為は、話を聞いていてどこかカルマ的にその行為に行き着いてしまうように感じた私は。
「なんで、そんなに一生懸命できるの??」
と彼に尋ねてみた。
「自分へのつぐないです。僕がおなかに出来た時周りから反対されて生まれたみたいなんです。山岳信仰的に長野に登山すると心がスーとするんです。」
旅から帰ってきたばかりの彼は一段とテンション高く、何もかもに解き放たれ、ビールを飲みながら私に喋っている彼の顔は、爽やかな笑顔に満ち溢れていた。
今年が最後と決めて行った長野だったが、やはり来年も行く事となったと
彼は嬉しそうに話していた。
そして今回の旅で5年後にはその小さな長野の町に移住する事を考え出したとも話してくれた。
その長野の素朴な人たちとの触れ合いの中で、そんな感情が芽生えてきたそうだ。
「年寄りが多いその地域に、移り住んで手伝いが出来て、少しでも何かのカンフル剤として、役立ちたい。」
と私に話してくれた。
いつもいつも、カウンターの向こう側には、私の知らない新しい気付きを与えてくれる場所だ。
続く!!
今日も全てに感謝!!
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Wanda Hartmann (水曜日, 01 2月 2017 07:05)
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