友達が100人できるよ!!笑顔が広がる魔法のレストランバー!!

「頑張る人を元気にするぞ!!」
という理念の

「お店ができたんです…」

 

BEATNIK(ビートニック)のホームページを
ご覧いただきありがとうございます!!

当店は、「人生を楽しみ、人生を味わいたい」
という20代~60代と様々な人種が集う空間です。。

人種も1割ほどが外国人、職種も様々な人たちが
集います。

一度ビートニックの入り口をくぐると。


職種や年齢、人種はそこには関係なく、
様々な会話が生まれています。


そんな空間はたくさんの人の交わりを生み。


日々の退屈な生活から、少しスパイスの効いた
変化に繋がる出会いへと変わっていきます。

 

 

常連さんの中には、まるで自分の第二の
家のように。


「ただいまー!!」と言って入ってくる
お客さんもいますw

そんな時はまるでみんなの学校や公民館

のように感じてしまいますw

 

なぜこのようなお店になったのでしょうか?


それはこういうお店が私の理想だった

からです!!

 

私の経験から、
頑張る人を応援するぞ!!
という、

「理想のお店ができたんです…」

 

 

生きている実感がありましたw

 

そのきっかけは・・・

以前私が昼勤めをしていたころの
話です。

私は以前パチンコ屋でバイトをして

いました。

 

 

その会社が新しい店舗を出すという

ことで、私は新店舗への配属になり

ました。

 

その新店舗のパチンコ店がメチャ

クチャな勤務でした。。。

 

人員が足りなさすぎるということで、

かなりの長時間勤務だったのです。。。

 

「人手が足りるまで一ヶ月くらい
我慢してくれ!」

 

と言われた勤務は、過酷な激務・・・

 

 

新規開店ということで、お客さんも

来るわ来るわ!!

 

人手が足りてないこともあり、朝

8時の出勤で、途中3時間の休憩が

ありまして。

 

またその日の夜からまた勤務。。。

 

結局人手不足で何だかんだで片付けて

帰り着くころは夜の2時ごろ。

 

家に帰りついて。

何だかんだやってると、睡眠時間は

3時間半ぐらいでした。

 

昼間の休憩は、車で寝る人、家が近い

人は家に帰る人、私は家が遠かったので

お店の休憩室で休んでいました。

 

だけど、これがなかなか眠れないんです。

疲れているはずなのに。。。

 

「ウソでしょ・・??」

ってくらいに。

 

そんな生活は、結局半年くらい続きました。

 

新しい人が入ってきても、みんな
やめて
いくんです。

 

忙しいし、眠れないしw

 

スタッフ同士も長時間勤務で
ギクシャク
していましたし。

 

残業代は結構もらえていましたけど、

今の言葉で言えばブラック企業!

 

その時はそんな言葉なかった
ですけどね…

 

 

時間も不規則なんで友達とも
会えないし。

 

もうやってることは、家と仕事の
往復だけ…

 

そんな生活を続けていると。。。

 

なんか仕事だけに生きてる感じ
でした。

 

「何も楽しくないな??」

と感じる日々でした。

 

それで、だんだん仕事が終わると、
1時
くらいに終わるんで、行きつけ
のバーに
通うようになって
いったんです。

3時間半くらいの睡眠時間削ってでも、

バーに飲みに行ってたんです。

理由は人に会うため。。。

 

深夜の時間に人と喋れる場所は
なかなか
ないんです。

 

違う人とプライベートで会えるだけで、

オレって人間だなって感じられるんです。


睡眠時間を削ろうがなにしようが。

 

本当に救われていました。

英語にこんな言葉があります。

「One for the road」

「帰り際の一杯」

って言葉です。

「気持ちを切り替える一杯」でも

あります。


なんか仕事のままの気持ちを、
家に持ち帰るのがいやだったんです。

 

そうしないと明日も今日という同じ
毎日が続くような気がして。。。

 

 

「今日も終わったって」、その一杯を
帰り際にワンクッション置くことで、
気持ちを切り替えることが出来るんです。

 

すごく心が楽に感じていました…

 

たまに常連さんと会話が弾むと、

 

One for the roadが

 

Two for the road.

 

Three for the road…

 

 と杯が進むこともありました。

 

 

でも、それがすごく楽しかったのです。

 

生きている実感がありましたw

 


たとえ睡眠時間を削って体がキツくても、
心は楽でした…

 

私が通っていたなじみのバーも、お一人様も
多く、そこにはコミュニティーがありました。


まさにそこは、みんなの学校、公民館その
ものでした。

 

 

飲食店の同業者からは、3年でつぶれると陰で笑われていました…

 

その睡眠時間3時間半の生活も落ち着きそれから
半年後には、気が付くと私は以前バイトして
いたパチンコ屋をやめ、そのバーに働くように
なりました。


きっかけは、そこのお店が人手が足りなく、
働く人を探して困っていると聞いたからです。


それも、2回も。。。


一回目聞いたときは。。。


「いやー、大好きでしょうがない
お店だけど、働くよりずっと通い
たい大事なバーだし…」


「自分みたいな中途半端な人間が、
働いてお店に迷惑をかけるかも
しれない…」

「しかも、バーテンダーに興味も
ないし。。」

と思い最初は受け流してしまいました。


だけど心のどこかで引っかかって
いました。



「マスター困ってたしな、ずっとお世話に
なっているお店だし、手伝わせてもらう
べきだったのかな??」


と、刹那的にフッと頭の中に出てくる
のです。


そしてしばらくして、2度目を聞いたとき、
思わず二つ返事で。

「お願いします。自分に手伝わせて
ください。」


と、とっさに私は答えてしまったのです。


後から考えてみると、自分がずっと大好き
なお店だったし、お客さんのままで通って
いた方が良かったんではないか??


この先、純粋なお客さんじゃなくなるし、
自分の大切なお店だから…


なんか気まずくならないかな…

と少し、戸惑いもありました。

でもあのお店の力になれるんだし…


言ってしまったから、本気で覚悟を
決めて一生懸命頑張るしかないな。。。


と心の中で、色んな気持ちの格闘が
ありました。



いざ働いてみると。


その予感は当たっていました…


バーテンダーに興味なかった私は、
カクテルのレシピも分からないし。


注文されても、それが何なのか
分からない…


「すみませ~ん!!!」
のお客さんの声さえも聞こえない
しまつ。。。


お店のグラスやお皿、備品等も
しょちゅう倒したり、壊したり…


付いたあだ名は
「ガッチャマン…」

何もできないんです…


お客のころと違い、すぐに戦力
にしたい使えない私を、マスター
は厳しく教えて下さいました。。。


私も、「こりゃまいったぞ。。。」


「何もできない。。。」


「コリャ本気で好きにならないと、
何もできないな…」


自分には素質のかけらもありません
でした。


そのお店の常連さんはある程度、私の
事を知っていましたし。


今日も「ガッチャマン」が何か失敗して、
マスターに怒られるぞと。


カウンターには常連さんがニヤニヤして、
並びます。


しばらくすると、ガッチャマンが「ガチャ

~ン♪」と始まると、マスターの「コラー
怒」とマスターの声が高鳴ります。


そうすると常連客は、「待ってました!!」
とばかりに「クククッ」と笑い出します。


「あいつまた怒られてる!!」

「プププッ」

って感じで始まったバーテンダー修行
でした。


マスターは私に。

「バーはカウンターが流行らないと、
バーは流行らないんだよ」

と私に仕事に対しての技術もさる
ことながら、哲学やカウンターさばき
などを教えていただきました。


マスターの教えがなければ、こうして
今でも経営が続けることができなかっ
たと思います。


師匠には本当に感謝しています。


「3年本気でやってみて、向いて
なかったら諦めよう」と思った
この仕事も。


仕事が少しずつできるようになって、
だんだんと好きになっていきました。


しかし、あることが起きます。



そんな修行から2年が過ぎたころです。


突然そのバーが閉店することを耳に
しました。


マスターに私は尋ねると。


「1人で出来る小さなバーを
OPENする」

とのことでした。


「チョット年を取ったので、ゆっくり
一人で商売をしたい。」

と返事が返ってきました。。。


ショックでした!!


私にとってその場所は青春の思い出の
場所で。



いっぱいの思い出の詰まった、かけがい
のない場所でした…


いっぱい助けられた場所・・・


お店のお客さんやスタッフ…


お店や商品、サービス全てが私の
理想のバーでした…



私の大好きなバーは無くなってしまう
と考えると本当に悲しくなりました…


そのお店をわたしが買いたいくらい
でしたが。


そのバーで昔勤めていたスタッフに、
売却する予定がすでに決まって
いました。



その方は、どうやらご飯屋さんをやる
みたいでした。



勤めていたスタッフも、他の居酒屋さん
や野菜屋さんに決まっていました。


「あれ?誰もバーしないの??」


「このバーを再現できる人が誰も
しないなら」


「自分がやるしかない!!」


そう素直に思えました…


出店することに決めました!!

お店を探す間。


その間は、「流れバーテンダー」に
なりました。


お店で人員が足りないところに、
今日はこっちのバー、明日はこっちの
バーと、転々と努めたり。


日雇いのバイトで引っ越しのバイト。


その間、そうやって生活をつないで
いました。



そうこうしているうちに、お店の場所が
決まるまで、半年以上が過ぎていました。


でも、場所が見つかったんです!!


私はマスターに迷惑をかけないように
少し離れた場所で物件を探して
いました。


場所は文化通り。

鹿児島夜一番の遊楽街です。


飲食店の同業者からは、3年で
つぶれると陰で笑われて
いました…



その理由は二つありました。


私が陰で「3年でつぶれると店」と
笑われていたのは2つの理由が
ありました。


一つ目は、2年弱の経験で技術やお客
さんが少ないこと。


二つ目は、「文化通りのバーは3年で
つぶれる」という誰もやぶれない
ジンクスがありました。


二つ目を知ったのはお店を開店して、
ちょうど3周年記念を迎えた日でしたw


一つ目の、2年弱の経験では同業者が
推理するように明らかに少ない経歴
でした。


しかし、そんなことはどうでも良くて。


自分が目指している、大好きなバーを、
復活させることでした。


私の所持金は頭金少しと借金したお金です。


そのお金がどんどん、設備費に飛んでいく
ときに正直怖かったです。


それでも、自分を開店へと動かしてくれた、
心の支えは、師匠が教えてくれた哲学や
技術、カウンター捌きコレを本気で信じて
いました。


今思えば、それらはそのバーのビジネス
モデルだったのです。


開店するときの恐怖は。

自分が経験した。

睡眠時間が3時間半の生活を心から支えて
もらったことから。

自分の経営理念。

「頑張る人を元気にするぞ!!」


と決めました!!


そして、自分に甘いことを知って
いました。

そこで。


「ここを自分のお店と思わない。」


「お客さんから預かっている、その
管理をしている代表者が私で、この
お店は来ているお客さんの店だ」


としっかりと定義づけしました。


私は、ビートニックの事を「私の店」
と言ったことはありません。


「私のお客さんのお店」と考えて
います。


その考えに至ったのは、私が
「自分に甘い人間」だからです。


出店前に恐怖に襲われました。。。


これだけお金かけて設備そろえて、
お店を構えてえてみたけど、実際に
お客さん来なかったらどうしよう…


結構ビビったんです…



でも、自分はそのお店をやる理由は、
以前の自分のような、出会いによって
いろんな価値観をもらえる。


「自分を成長させてくれるお店!!」



そこには出会いがあって、色んなことに
気づかせてくれる、私がこよなく愛した
「修業したあのお店を復活すること!!」



そして、「このお店は、来てくれる
お客さんのお店」・・・



だから。



来てくれるお客さんから、利益をもらう
こと、それは「今度また来るときには、
私のお店をもっとよくしてね!!!」


が利益!!


「それを管理して、掃除、勉強、教育、
仕入れ、商品開発等、これをさらに
より良くするのが自分の管理者の
務めだ!!」


そして師匠から学んだ「あのお店の
ビジネスモデル」を信じてやりきる!!



それで本気でやってみて、社会に
受け入れなければ、あきらめよう…


そう思うと急に勇気が出てきました。


その年は2002年、日韓ワールドカップ、
その年の秋は星野監督率いる阪神タイガ
ースがリーグ優勝をした年でした。


同業者の予想を見事に裏切りました!!


開店してみると同業者の予想を見事、
裏切れました!!


自分が信じていたことが実証できた
んです!!


「自分の師匠が教えてくれたことが
本物だった!!」


これを社会に証明できたこと、これが
自分にとって最高でした!!


お店の3周年にお祝いに来た同業者が、
「3年おめでとう!!」

「みんなお前の店、3年もたないって
言ってたんだよ」

と教えてくれました。


なにか陰で言っているのは分かって
たんですが、3年たってその時はじめて、
知りました…


今では文化通りにバーはたくさん
あります。


でも、パブとかカラオケのないバーは、
一番古いバーとして記録更新中です。

 


出会いは成長!!


足りなかった経験と技術も、バーテンダー
の選手として、二つの団体にを開店して
から所属して、大会の選手として鍛えて
いきました。


いつの間にか、全国大会の常連になり、
全国的に名前が売れると、同業者も
一目置くようになっていきました…


もうバカにされなくなりましたw


そうなれたのも。


全ては、出会いで成長させてもらって
います。


お店を通して今まで出会えた人。


それが私の成長の全てです!!

「出会いは成長!!」


年間3組がビートニックで出会って
カップルがゴールインしています!!

年間3組がビートニックで出会って、
ゴールインしています!!


先に説明しておきますが。

今巷で流行っている相席バーや、お店
主催のコンパなどのサービスはいっさい
しておりません。


お店主催だと、何かあるとお店側の
責任になりかねないので、お店主催
コンパをお願いされることがあるの
ですが、いつもお断りさせています。

以前修行していたバーでお店主催の
コンパを開いていたのですが、男女共
にお店に来なくなることが多かったの
で最初からしないと決めています。


それでは、彼らの出会いはどういった、
出会いだったのでしょうか?


それは、あくまでも。

偶然の出会いで、互いの同意のもとで、
自然に発生した恋愛から始まったもの
です。


これは、経営者日和に尽きます!!!


だって私の人生の目標は、
「残し、与えること!!」


お店をやってみて、そのお客さんの
人生に少しでも。

「残し、与えること」が出来ている
と思えるからです!!


「本当にお店をやってよかったな」って、
思える瞬間です!!


だってビートニックがなくなっても、その
カップルの記憶には残ってますもん!!


だってずっと家族を築くわけですから。

 

昨年も3組出会って結婚しました。


昨年は、ビートニック始まって以来の
ブラジル人と日本人の国際結婚に
始まり。


日本食板前さんと看護婦さんの
カップル。


そして、警察官と看護婦さんの
カップル。


私が知るところでは、この3組が
ゴールインしましたw


もちろん全員ビートニックの常連さん
です。


その中でも、最後の警察官と看護婦さん
のカップルのエピソードを紹介します。


その始まりは、当時看護婦だった、K
さんが一人で来店してくれました。


彼女はずっと県外で看護婦に従事して
20代後半にUターンして、鹿児島に
帰って来たそうです。


彼女はもうそろそろイイ年なので、
鹿児島の人と結婚をしたいと思って
帰って来たそうです。


それで現在は彼氏もいなくて、彼氏
が欲しいとある人に相談したところ。


「ビートニックがいいよ、女性一人
でも行きやすいし」と紹介された
ことが来店の理由でした。


彼女も帰って来たばかりで、行きつけ
のお店もないことからその後。

ビートニックの常連さんになって
くれました。


その紹介した方の名前を聞いても、
我々はピンときませんでした…


それから、少しずつお店の知り合い
も増えていきました。


彼女も普通に通うようになって2年が
過ぎようとした頃。


カウンターに座っていた、警察官の
団体と彼女も席を少し開けて座って
いました。


時間が経つにつれ、彼女も交えて
会話するようになっていました。


ちょうど会話が馴染んできたころ。


その中の会話で。

私はおもむろに。


「この中で、彼女を幸せに出来る
ビシッとした男いないの?w」


と冗談めいて言うと。


その警察官の仲間がその中の後輩を、
指名して。

「コイツ!!」

とすすめた男が1年後のKさんの、
旦那さんになりました。


このカップルは、あれよあれよと
順調に進み一年後には、見事ゴー
ルイン!!


Kさんが初めての来店を知って
いる我々スタッフには、本当に
嬉しい知らせでした…


その結婚までの間、状況が進む
たびに、報告を受けていたので、
余りにも順調でイイ意味でビック
リしました。


彼らの結婚式には残念ながら参加
出来なかったですが、式で出会い
の場所として、ビートニックでの
二人の写真が紹介されたそうです。




 

 



 

毎日が単調だと思っているあなた!!   一人でも落ち着く楽しい空間の中で、たくさんの出会いを通して、一緒に成長していきませんか??



友達がたくさん出来た!!出会いによって成長できた!!たくさんの嬉しい声をいただいています!!


人見知りな私でも友達がたくさん出来ました! 色んな人達と話して色々勉強になります! 何より一人で来れる事が嬉しいです! 私の人生でBEATNIK無しは考えられないっっ!!! 変わらずにいて欲しいです! 20代女性 A・S

一人で来れるし、いろんな人と話できたり、友達もいっぱいできるのですごく楽しいです。 いつもよっぱらいですいません。いつも楽しいので特にありません。20代 女性

BEATNIKと出会って、ここでたくさんの人と出会って、あいーんもいろいろ考え方も変わって一番いやされて元気が出る場所。 特別で大切な所!BEATNIKで出会った、皆が大好きです。忙しいけど、イベント、ライブして欲しいー♪ あと、ずっと前に話してた今日はこの音楽中心を流してる! みたいな日。 とか、ママのお酒ストーリーが聞けたりとか・・・・20代 女性 M・Y

お客様の声

 

続き⇒


なぜこのような声をお客様からいただけるのか??

 

●7つのビートニックの魅力++++

1:常に、初めてのお客様でも、お客様のご来店から、お帰りくださるまで、安心して、なるべくノンストレスで過ごして頂くよう、15年以上研究された接客スキルでお客様の居心地の良さと、落ち着いた空間づくりに努めています。

 

2:店員は、新規のお客様、常連のお客様、へだてなく一貫してフレンドリーで明るく話しやすい店員ばかりで初めてのお客様でもきっと安心いただけます。

 

3:お客様は、外国人をはじめ、さまざまな職種、年齢層も幅広く、フレンドリーなお客様達にきっと驚かれるでしょう。

 

4:季節のフレッシュカクテルをはじめ、スペイン料理を中心とした厳選した料理と、洋酒を中心としたお酒の品数も多く、常に国内外の新しい情報も取り入れ、時代を少し先駆けした新しいお酒文化と伝統を、提案しています。

 

5:店内はあまり広くはありませんが、お1人で来られたお客様には、圧迫感やだだ広さを感じない、ちょうどいい落ち着ける広さの店構えです。

 

6:店内はカウンターと個室席が二つ(BOX席、テラス席)と、あなたの大事な時間をTPOに合わせたお席でご利用いただけます。

 

7:店内は60年代のカリフォルニアの香りする、レトロで、アメリカンテースト感じる雰囲気で、あなたを非日常な空間で癒し、1人の女性でも安心して来れるとお客様の声を頂いています!!

鹿児島天文館でお酒やカクテル、バー楽しむなら Tikibar&Grill BEATNIK


JOY   &        TASTY !!


↓お問い合わせはこちら!!


コンセプト


お店選びで失敗したくない、そんなあなたに、我々が約束する事、それが。

 

「美味しさと楽しさの追求!!」

 

 

 

続き⇒


 カウンターの上部には、このようにボトルが逆さに吊るされているのが特徴的です!!

なんといっても、ビートニックの人気はカウンターです!!

むしろカウンターを経験しなければ、本当のビートニックの良さは実感できません。

今宵もこのカウンターで、たくさんの出会いが、あなたを待っています!!


魅力的な2つの個室、があなたの大切な時間を演出+++


個室という空間の魔法で、居心地のよさ極まるやさしい時間

仲間と気兼ねなく、ワイワイやるもよし、親密な語らい、色んな用途で過ごせる満ち足りた空間・・。


時間を忘れて、ゆっくりな時間の中で、一杯一杯に思いをはせる、テラス席

騒々しい文化通りの真上にあるこの個室は、打って変って、グラス片手に優しい時間と語らいに、ずーっとこうしていたい・・。


当店の名物!!